after the winter

暇人が物語を書いていきます。よろしくお願いします。

【朱い僕らの母星】 『御神体の真実』前編

【朱い僕らの母星】

御神体の真実』前編

 

緑の巨躯が地面を踏みあさる音が轟く。

「にげなきゃ…!にげなきゃ…!どこに…!」

爆発音とともに何かが吹き飛ぶ風圧で少女はよろける。
瞬きした次の瞬間、その前方10mの所に変わり果てた母屋の屋根が現れていた。あまりの恐怖にへたり込む少女。

「おい!そこのチビッ!いいから早く乗れ!!」

走行する音とともに斜め後ろから、若い男の怒号が飛んで来た。
緑の巨人たちとは比べ物にはならないが、それでも少女よりはるかに存在感を持って現れた機械から身を乗り出す彼。
「あなたは…」
「いいから!早く!」
少女は立ち上がろうとする。しかし、その足は震えて動き出すことができない。
「ああっクソ!」
彼は頭の中で思う。数秒間、彼女を助けるためにMWを降りて引き揚げる。その数秒に、二人の生存確率はかかっている。もちろん助けずに一人で逃げることもできる。

『3秒間だけだ…それで決める!』
いつだって神サマなんていなかったな…団長…〇〇さん…バルジ…みんな…俺はどうしたら…彼は知っていた。本当は、結論など最初から出ていたのだ。

「いいな!とにかく頭を守れ!」
機械から飛び降りた彼は、少女を掴むと機械の上部に向かってほとんど投げるように荒々しく乗せる。
「いいから何か掴んでいろ!恐ければ目をつぶっていい!なんでもいいが、今は俺を信じろ!」

緑の巨人の一人、頭に角が生えている奴が、こちらを見据えて紅く目を光らせた。彼女はそれを見て、息を飲む。足元に温もりを感じたと気付くと、自然と失禁していた。

彼はその機体を知っていた。彼の昔の家族たちと命を奪い合った機体、ゲイレールとグレイズ一個小隊だ。

こんな辺鄙な土地にMSが出向くなんて、ただごとではないのだろう。彼はこうなった経緯を理解できないまでも、この事態の危険性をよく理解していた。

「ここを逃げる!アイツらはGHでは辺境の雑魚だが、今の俺たちは逃げるしかない!」

「逃げる…逃げないと…でも、どこへ?」
もちろん、その答えは二人とも持ち合わせていなかった。

隊長機の指示のもと、二機のグレイズが二手から回り込もうと加速する。ライフルの轟音がうなる。

「クッ…逃げ場なんて、どこにもないってやつか!チビ!コクピット掴んで、頭を守れ!どこか逃げ場か隠れ場を知らないか!?」

「えっと…!私、私、あの…」
彼女はこの丘しか、この教団しか知らない。この世界が彼女の全てだった。

その時。

《…きこえる?》

「え…え…誰?」

「どうしたチビ!なんかあるのか!」

《ぼくのこえが…きこえる?》

「誰なの!?」

《きて!ぼくが、まもるから》

「守る?君は?」

「おい何が起きてるんだ、クソ、回り込まれる!」
彼は急旋回し、間一髪巨大な斧の一振りをかわす。

「お兄ちゃん!教会に行って!」
「教会…!こんな時に敵の真ん中に突っ込んでどうするんだ!」
「聞こえるの!『守る』って!」
「誰が!俺が君を守らないと!」
「そうじゃなくて!多分…『オオマカミ様』が…」
「神サマはいない!こんな時に宗教ゴッコはごめ…」
「違う!!」
その声は、先ほどとは違う、不思議と説得力が溢れるものだった。

「どういうことだよ…ああもう!行けばいいんだろ!行ってやるよ!南無三!」

MW『ドワーフ』が、敵の隊長機目掛けて走り出す。誰がどう見ても無謀だ。

教会までは約500m。舗装されていない荒地を走るドワーフに泥が跳ねる。
「こんな時にあの地獄の訓練の成果が出るとは…最悪だ」
敵の攻撃を避けるため、でたらめに走る。もちろん、追いかけてくる相手の銃口は、細かく軌道を変えるドワーフを捉えることはなかった。それでも確実に敵機との距離は縮まっていく…。

《きてくれたんだね。ぼくを、ゆめからさまして》

「お兄ちゃん!教会の奥のお部屋!オオマカミ様の眠っているお部屋!」
「そんなことだと思ったよ!こういう時って!どっかにそういうピンチをチャンスにしてくれる何かがあるんだろ!?」

彼はこんな非常事態にドアを丁寧に開けて閉めるような男ではない。もちろん、普通の人間でもこんな時はそうだ。
ドワーフが両腕を壁にぶち込んで破る。そのまま教会へと飛び込む。
祭壇も椅子も何もかも倒れている中、止まるドワーフ

「あれを!開けるの!」

《ゆめはおわる、ぼくはそろそろおきないといけないって、ずっとまえから、しってた》

祭壇の奥、御神体が眠るとされている禁止区域、カーテンを青年が荒々しく開ける。

そこに眠っているのは、赤子を抱く聖母の像でも、十字架に貼り付けられた神の子の絵でもなかった。

《おはよう、ヒナ》

祈りを捧げるように留まっていた彼の時間が再び動き出す。

《ぼくは、テンシをかるためにうまれた》

立ち上がる巨人は、数百年前の悪魔のなりそこないだった。コクピットモニターには、当時の文字が浮かぶ。もちろん、この場にいる全員がその名を知ることはなかった。

《Valkyrja flame:Wild Evangelisti》

静かに荒ぶる、獣の宣教師の姿だった。